もくじ
・ハイヤーセルフとは人生に勝つ最強のツール
・無欲になればすべてが手にはいる
・宇宙とつながるとなにが起きるのか?
・ハイヤーセルフは不幸のタネを消してくれる
・まちがった判断をしなくなる
・自然体でもラクラク世の中をわたっていける
・世界を敵にまわす人、味方につける人
あなたはハイヤーセルフという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
聞いたことあるという方は、心理カウンセラーであるわたしがハイヤーセルフについて解説していることに違和感をもっておられるかもしれませんね。
ハイヤーセルフというのは、一般的には心理学や心理カウンセリングと関係ないオカルティックな、あるいはスピリチュアル系の用語として使われることが大半ですからね。
たしかにハイヤーセルフというのは、伝統宗教からはなれてあたらしい思想を模索、提唱したニューエイジ系の人たちによって使われだした言葉ではあります。
でも、その実体はけっしてオカルトマニアが扱うような非現実的なものではありません。
物理学でも、物質の最小単位である素粒子レベルまで突きつめていくと物質がじつはエネルギー(波動)であったり、人の意識によってその運動が影響をうけたりといったようなスピリチュアル的な現象にいきあたってしまうのですが、物理学をオカルトだと言う人はいないでしょう。
それとおなじで心理学も心(意識)の奥の奥までとことん突きつめていくと、そこに宇宙とつながる意識(エネルギー)であるハイヤーセルフにいきつくのです。
そしてそのハイヤーセルフはスピリチュアル的な解釈だけでなく、人の心の健全性の維持や健康回復を目的とする臨床心理学の見地からでも、人間にあたえられた最強のツールであることが証明できるのです。
ただハイヤーセルフというのは心の最深部にあるためそれを感知するのも難しく、また宇宙のなぞとおなじぐらい深淵なテーマになるので、ほんの一部の心理学者がトランスパーソナル心理学として研究をしているだけというのが実際のところです。
そのため、ほとんどの人がハイヤーセルフの存在すら知らず、せっかく完璧な幸せをつかむことのできる最強のツールをあたえられているのに、使いこなせる人がほとんどいないのです。
一般の人はおろか心理学者ですらその多くが人生に悩み、苦しみ、迷い、失敗しながら、苦労や困難にさいなまれ自分の不幸をなげくような日々をおくっています。
いや、いまでこそカッコつけてこんなことを言っていますが、かつてのわたしもその中のひとりでした。
ただ、30年にわたりハイヤーセルフもふくめて人間の構造や人生のしくみを探求しつづけた結果、最近になってようやくその一端を解明することができました。
そして、ハイヤーセルフの声を聴いてそれにしたがい、人生のしくみにさからわない生活をこころがけることで、悩みや困難、不幸や災難とは無縁のなに不自由のない暮らしを手にいれることができました。
もちろん、科学的研究というのは何千、何万という実証実験がなされてはじめて本物とみとめられるわけですから、人間の構造や人生のしくみについてもこれから多くの被験者による証明は必要でしょう。
わたしがこうやって自分の成功法ともいえる研究成果のすべてを明かすのも、ひとりでも多くの方に実践してその正しさを証明していただきたいからでもあります。
新薬の実験とちがってハイヤーセルフの利用は危険性ゼロで、うまくつかいこなせば完璧な幸せというとほうもない宝が手にはいる、ノーリスクかつ超ハイリターンの実験になります。
そこでまずは、このハイヤーセルフという人間にあたえられた最強のツールを臨床心理学の見地から、わかりやすく、また実用的な知識もまじえて解説していきたいと思います。
あなたの心の最深部にねむるハイヤーセルフがあらわになってくると、人生の選択に迷ったときにはハイヤーセルフの声を聞くことでただしい方向に進むことができるようになります。
ハイヤーセルフが身体と一体化すると、頭を使わなくても身体が自然に最適な行動をとってくれるようになります。
だからハイヤーセルフについての知識をえて、その利用法を知ることで、あなたの人生は劇的に好転するのです。
さあ、ハイヤーセルフという最強のツールをつかって運命の扉をひらく実証実験にはいりましょう。
人間の意識は、多層構造になっています。
表面には顕在意識、その下に潜在意識があります。
このふたつを総称して肉体意識と呼ぶこともあります。
そしてさらにその奥に肉体意識から発せられた感情や感覚、記憶などをのデータが貯蔵されている幽体という意識があります。
さらに、その幽体の中心に超意識とか宇宙意識とも言われ、一般的には魂と呼ばれている、ハイヤーセルフがあります。
そしてこれらの意識のもっとも表面にある顕在意識からは、休むことなく欲望や執着、怒り、悲しみ、うらみ、ねたみといったさまざまな煩悩や感情がわきあがっていて、それらはまっくろい雨雲のようにドロドロと顕在意識いっぱいに充満しています。
このまっくろい雨雲のような想念は顕在意識内のみならず、潜在意識や幽体のほうにまでしみこんでいって、最深部にある宇宙意識、ハイヤーセルフを覆いかくしてしまっているのです。
これが大多数の人間の心のなかの状態なので、一番奥にあるハイヤーセルフの存在に気づける人はほとんどいないのです。
言うまでもありませんね。
おおいかぶさっているまっくろい雨雲を吹きとばす、つまり心のなかの雑念、煩悩をふりはらってしまうことです。
ですからハイヤーセルフとは、欲望や執着を完全に捨てさった純粋な自分、禅で言うところの悟りの境地にいたった状態にある自分になったときに、はじめて出会えるもうひとりの自分ということになります。
ハイヤーセルフは英語で書くとhigher self(ハイアーセルフ)となり、直訳すると、より高いところにいる自分自身という意味になります。
高いところにいる自分があるのなら低いところにいる自分、lower self(ロウワーセルフ)もあるということになりますが、このハイとかローというのは徹夜をしたり、大騒ぎしたり、ドラッグをやったりして気分がハイになるとか、何かに失敗してテンションが下がる、気分が落ちこむ、ローになるといったこととはまったく違います。
この『高いところにいる自分』というのは、欲得にまみれた心を離れて精神的高みにある自分、という意味になります。
ですからハイヤーセルフとは、欲望や執着を完全に捨てさった純粋な自分、禅で言うところの悟りの境地にいたった状態にある自分ということなのです。
これに対して低い自分というのは、欲望、執着にまみれた自分、煩悩だらけで悩み苦しみのつきない状態ということになります。
こちらのほうは我々人間のふつうの状態なので、あえてロウワーセルフといったような呼称は必要ないわけです。
それは臨床心理学というのが、人の悩みや苦しみをとりのぞいて心の健康をとりもどしてもらうための学問だからです。
心理カウンセラーの元祖とも言えるお釈迦様は、何千年も前にこの世の真理を悟り、人間の悩み苦しみの根源は欲にあると説かれました。
そして、そんな悩み苦しみから解放される方法を人々に教え、その教えは仏教経典の中にちゃんと書かれています。
ですから本来ならば心理カウンセリングなど受けなくても、仏教の教えに学び、したがうだけで人間はだれでも幸せで満ちたりた人生を送ることができるのです。
ところが実際は、仏教の教えを日常生活に役立てている人はほとんどいませんね。
一体なぜなのでしょうか。
理由のひとつは、この世の真理を悟った最高の心理カウンセラーであるお釈迦様の言葉も千年、二千年とたつうちにどんどんと曲解されたり、改ざんされたりして、本物の教えと偽物の教えとの区別がつかなくなってしまっているということが挙げられます。
また、仏教の経典はお釈迦様自身が書かれたものではなく、後世の様々な人物によって書かれているため、それらの中には相反するような内容のものもあります。
そのため日本でも1000年以上も前からいくつもの宗派にわかれていて、それぞれの宗派が独自に正しいと思っている信条にしたがって修行、実践してきたという仏教の現状があります。
ですから、我々凡人には仏教の教えの中のなにを信じればいいのか、どれを生活に役立てればいいのかを判断することはとてもむずかしくなってもいるのです。
さらに、とくに日本では大半が葬式仏教になってしまっていて、ただしい教えを説くことのできるお坊さんはほとんどいませんし、儀式化、形骸化してしまって大事な中身がほとんど失われていたりもします。
この形骸化というのは日本仏教だけの問題ではなく、キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などの伝統宗教についてもおなじことが言えます。
そんな流れを受けて宗教や国境の垣根をこえて真理をもとめようという人たちの間でニューエイジの思想というのが台頭してきました。
そしてそんな真理模索のなかでさまざまな伝統宗教を比較、研究することで、それらの中に共通する真理があることが発見されたのです。
それがニューエイジ思想の中核ともなっているハイヤーセルフなのです。
これは欲や執着心を捨てさった純粋な自分であり、悟りの境地に至った状態であると先に述べましたが、ニューエイジ思想の先駆者たちが人生を平安と幸福で満たされた完全なものにするための手段として、とくに注目したのが禅やヨーガだったのです。
だから、ハイヤーセルフは座禅や瞑想によってえられる『悟りの境地』とも言えるというわけなのです。
このハイヤーセルフを臨床心理的に言えば、欲をすててしまった状態ということになります。
もちろんこれは、うつのように生きる意欲まで失ってしまった状態ではありません。
この違いはややこしくなるのでおいおい説明していきますが、キリスト教的に言えば神との交わりとか、精霊に満たされた状態となりますし、神道で言えば神人合一の状態となるということであると言えば、うつとは全然ちがうことはおわかりいただけるでしょう。
とにかく、ハイヤーセルフであれ、悟りの境地であれ、無欲になるということであれ、表現はちがっても人間が完全に幸せになるための唯一無二の方法であることにはかわりないのです。
心理カウンセラーであるわたしがこう言うのもなんですが、ハッキリ言えば精神分析も、催眠療法も、認知行動療法も、心理カウンセリングも、その他の心理療法も本当はいっさい必要ないのです。
悩みを抱えている人が、ただ自分の心の奥に存在しているハイヤーセルフに気づき、意識を向ける、つまり、欲望や執着と無縁の心理状態になる、それだけでほぼすべての問題は解決できるのです。
わたし自身、ハイヤーセルフと出会ってからの人生は順風満帆、トントン拍子、なに不自由のない楽しく幸せな生活をおくっています。
お釈迦様が説かれているように、すべての悩み苦しみは欲から起こっているのですから、その欲を手放せばいま抱えている問題がすべて解決するのです。
またそれだけでなく、無欲、無心で人生を歩んでいくことで、逆に必要とするものすべてが自然に手にはいり、不幸や災難など危険は遠ざかり、人生そのものが楽しく幸せなものになるのです。
なにかを手にいれるためには強欲にならなければならないと思いこんでいる方も多いかもしれませんが、はたしてそれで望むものは手にはいりましたか?
無欲の勝利という言葉は、人生についてもあてはまるのです。
その原理をより具体的にくわしく説明していきましょう。
そしてまた、このハイヤーセルフは心の最深部にあって宇宙とつながる意識である、という話もしました。
そこでこれからハイヤーセルフが宇宙とつながる意識であるという意味と、それがなぜ無欲になるということとおなじなのかについて説明していきたいと思います。
ヨーガや気功を修練したことのある人なら、それらの究極の目的が宇宙とつながることであるとか、大自然と一体化することである、といったようなことは聞いたことがあると思います。
これ、ハイヤーセルフの意味と似てますね。と言うより、まったくおなじですね。
これはヨーガでも、それを源流とする仏教でも、老荘思想から生まれた気功でも、禅やヨーガをベースにしたニューエイジ思想でも、行き着くところはおなじであったということなのです。
ちなみに宇宙や大自然を神という言葉に置きかえれば、キリスト教やイスラム教、ユダヤ教でもまったくおなじ思想がみられます。
結局、太古のむかしから現在まで人間が追い求めているのは、なにものにも壊されることのない完全な幸せ、恐れや不安から解放された満ちたりた人生なのです。
そしてそれは時代や人種、環境が変わっても不変のものであるということです。
なので、そんな完璧な幸せを求める方法を体系化して文言にしたら、必然的におなじようなものになってしまうのはあたりまえと言えるでしょう。
結局それが、『宇宙(神)とつながる』という一言に集約されているのです。
なにか特別な境地にいたったかのようなイメージをもたれているかもしれませんね。
しかしそれと同時に、なにかおかしいな、と感じている方もいるかもしれません。
じつは、この宇宙とつながるとか一体化するという表現はおかしいのです。
この表現のおかしさに気づいている人は、ハイヤーセルフに近づいている人だと言えます。
どこがおかしいかというと、そもそも人間は宇宙の中、大自然の中に存在しています。
ですから、なにもしなくてもそのままで宇宙や自然の一部であり、最初からつながっていますし、一体化しているのです。
にもかかわらず、人間が完全な幸せをつかむ方法が宇宙とつながることである、というのは矛盾していますね。論理が破綻しているように思えます。
これが表現のおかしなところです。
ただ、たしかに表現は矛盾しているのですが、実際の原理としてはちゃんと理にかなっています。
ですからその意味あいをただしく理解して実践すれば、だれでもが即座に完璧な幸せを手にいれることができ、物事すべてがうまくいくようになるのでご安心ください。
いやそれどころか、それらの大半が形式的、儀式的、商業主義的、あるいは権威主義的なものへと形骸化してしまっていて、それらを説いている人自身がその真意をただしく理解しいていないため、だれも説明できないと言ったほうが実際にちかいかもしれません。
しかし臨床心理学の観点からであれば、その原理をわかりやすく説きあかすことができます。
『宇宙とつながる、一体化する』というのは、どういう意味なのでしょうか。
そもそも、宇宙に存在しているわれわれ人間は最初からつながっている、ということは先にお話したとおりです。
にもかかわらず、完全な幸せのまっただ中にいるという人はあまりいませんし、先の見えない人生にあせりや不安や恐れをいだきながら生きているという人が大半ですね。
なぜでしょうか。
じつはこれこそが先に述べた『無欲』との関連性をとくカギにもなるのですが、宇宙とつながるというのは、正確に言えば『自分はすでに宇宙とつながっているんだということに気づく』ということなのです。
ほとんどの人は自分が宇宙と一体化している、つまり、自分は宇宙そのもの(の一部)であり、大自然そのものである、というあたりまえの事実に気づいていません。
それどころか、宇宙や自然と自分とは相対する別物、場合によっては対立する征服しなければならない敵であるとさえ思いこんでいたりします。
大半の人は自分を認められたい、人よりも優位に立ちたい、自分の思いどおりにまわりのものを利用したい、少しでもおおくのものを手に入れたい、といったようにたくさんの欲をもっています。
そしてそのような欲をかなえるためには、自分以外のすべてのものは自分と対立関係にあるもの、自分がおさえつけ、屈服させて支配すべきものであると考えています。
そのために、お金や権力、腕力、知力、能力などなにがしかのパワーを追い求めつづけるのです。
このような自分以外のものすべてとの対立という考えが根本にあるために、宇宙や自然、人や物、すべてが自分とつながっているんだ、という当たり前の事実に気づけないのです。
逆に言えば、すべての欲をなくせば対立関係は成りたたなくなるので、自分は宇宙や大自然とつながっているんだということに、おのずと気づくことができるのです。
だから、『無欲になる』ということと『宇宙とつながる』ということはおなじ意味になるのです。
さらにこれを別の表現であらわすと『ハイヤーセルフとつながる』ということになります。
無欲になったり、宇宙とつながったりする、すなわちハイヤーセルフとつながると、なにごとに対してもつねにただしい判断をくだせるようになり、人生やることなすことすべてがうまくいくようになります。
なぜそうなるのかについてはこれから説明していきますが、悲しいかな、ほとんどの人間が欲に目がくらんだ間違いだらけ、失敗だらけの人生を歩んでいるのが実際のところです。
自分がまわりのものを支配しているつもりでも、宇宙や大自然からすると孫悟空のいたずらにすらならない欲望が生みだした幻想であって、いっときは有頂天になれてもすぐに別の欲にふりまわされて結局は残念な結果に終わってしまう人が大多数です。
結局、欲にふりまわされて生きていかざるを得ないところに人間の不幸の源があるのです。
それではなぜ欲をなくして宇宙とつながると、すなわちハイヤーセルフと一体化すると、ただしい判断や行動ができるようになり、幸せに満たされた完全な人生をおくれるようになるのでしょうか。
臨床心理学的見地からそれについてくわしく説明していきましょう。
それではなぜそんなハイヤーセルフが、つねにただしい判断や行動ができるのでしょうか。
たぶんハイヤーセルフに興味をもたれている方はそこが一番知りたいところだと思いますので、さっそく解説していきますが、そのまえにひとつ断っておきます。
これからは欲を手放して宇宙とつながった状態になることを『ハイヤーセルフとつながる』と表現していきます。
また、『ハイヤーセルフの声を聞く』とか、『ハイヤーセルフの導きを得る』というのは、ハイヤーセルフからただしい判断や行動を教えてもらうというのをそれぞれの文脈で使い分けているだけで、基本的にはおなじ意味であることもご了承ください。
それでは一体なぜハイヤーセルフとつながると、つねにただしい判断や行動ができるようになり、幸せに満たされた人生をおくれるようになるのでしょうか。
まず、ひとつめの理由は不幸の種を大幅に減らせるということです。
人のものをとる万引き、窃盗、強盗などはもちろんのこと、暴行、傷害、殺人などすべての犯罪は基本的に欲が原因でおこっています。
無欲の犯罪というのは、精神病患者によるものか居眠り運転による交通事故ぐらいしか聞いたことがありませんね。
(厳密に言うと精神疾患の場合は犯罪にはなりませんが)
これについてはほとんどの方が異論はないことと思いますが、犯罪行為までいかなくても、欲のせいで人生を狂わせてしまうという人はたくさんいます。
酒、タバコ、飽食のせいで病気になるのも、ギャンブルにはまるのも欲が原因です。
投資詐欺やマルチ商法などにひっかかってしまうのも、やはり欲のせいですね。
また子供の教育にしても、親の欲が原因で失敗する人も少なくありません。
自分の子供を競走馬かなにかのように考えて、勉強やスポーツでいい成績をとらせてまわりの人に鼻高々で自慢している人がいます。
あるいは、しつけと称して子供を自分の思いどおりに動かしたり、行動を制限したりする人がいます。
そんな自分勝手な欲から子供にあれこれ強制して、不登校や引きこもりにさせてしまったり、摂食障害や神経症など心を病ませてしまう親御さんがたくさんいます。
そうなると家庭崩壊がはじまり、自分自身の仕事や生活にもおおきな差しさわりがでてきてしまいます。
子供をまわりの人に自慢したいとか、優秀な親だと認められたい、自分は人より上なんだという優越感をもちたい、あるいは、子供を自分のコマのように使って楽しみたいといったような思いもすべて自己顕示欲、名誉欲、支配欲といった欲なのです。
このような人は一見すると内気でおとなしかったりすることが多く、欲とは無縁の性格のように思われがちですが、実際の心の中はだれよりもつよい欲で満たされています。
まわりの人間は自分のために存在していて、自分に優しくしてくれるのがあたりまえ、自分のことを尊重してくれるのがあたりまえ、自分が気にいらないことはだれもすべきでないのがあたりまえ、と思いこんでいるのです。
これも人を支配したい、まわりの環境を自分の思いどおりに整えたい、という立派な欲です。
内気な性格から心を病んだりする人は、心の中にはこのようなとても強い支配欲があるにもかかわらず、自分にはそれをかなえるだけの権力も腕力も経済力も行動力も気力もなにもないと思いこんでいるために、逆に人に支配されても文句も言えずおとなしくしたがっているだけなのです。
そもそも他人が自分の思いどおりに動いてくれることなどありえないのです。
にもかかわらず、そんなあたりまえの現実が受けいれられなかったり、がまんしきれなかったりして、期待と現実の厳しさとのギャップにとまどい苦しんで、自分の無力さを責めるあまりに心を病んでいくのです。
犯罪被害にあったり、天災に見舞われたりという不可抗力なケースと遺伝によるもの以外で心の病気や精神疾患になったりするのは、ほぼ100% 強すぎる欲望をもってしまっているために期待と現実とのギャップにとまどい悩み苦しんで、欲をかなえられない自分の弱さを責めてしまうことが原因なのです。
わたしは毎日のように心に悩みを抱えた方々をみていますが、その中には『お金もモノもなにもいらない。人生に望むものなどなにもないから、もう死にたい』という人もいます。
このような人は一見欲を完全に手放しているように思えるかもしれませんが、じつは正反対でとても強欲なのです。
いや、親兄弟も死んでしまって身よりのないお年寄りの言葉ならば本当に無欲で立派な心がけだと思いますが、こんなことを言うのは、たいていお年寄りではなく親兄弟もまだ現役世代であるような若い人たちなのです。
結局このような人たちは、自分の思いどおりにならないつらく苦しい人生だからもう死んでもいい、自分さえ楽になれればいいという身勝手な欲で心がいっぱいなのです。
本当に無欲で命すらいらないという人間は、自分の身を犠牲にして家族や世のため人のために生きていよう、と考えるものなのです。
結局、自分のために生きる人も自分のために死ぬ人も、どちらも心の中は欲望にまみれているのです。
このように欲というのは、人生に不幸をもたらす疫病神のようなものなのです。
にもかかわらず、ほとんどの人が欲というものを幸せをもたらしてくれる幸運の神様だとかん違いして後生大事に心にすまわせているのです。
ハイヤーセルフとつながるということは、そんな疫病神に別れを告げ、福の神を心に呼びこむということなのです。
だから、それだけでも人生の失敗の大半は予防でき、そのぶんだけ幸せで平安な人生をおくれることになるのです。
というわけで、ハイヤーセルフが完全な幸せをもたらしてくれるひとつめの理由は、このように人生のマイナス要素を消してくれるということです。
ただマイナスが消えただけでは平凡な人生になるだけですから、完全な幸せというにはもの足りませんね。
心配はいりません。
ハイヤーセルフはちゃんと人生に強力なプラスの要素も与えてくれます。
スピリチュアル的な観点からすると、ハイヤーセルフは人生を大逆転させるほど強大なパワーをもっているのですが、それについてはこちらスピリチュアリズムから解くハイヤーセルフのほうで解説していきます。
ここでは引きつづき臨床心理学的見地から、ハイヤーセルフが人生にもたらしてくれる最強の変化についてお話しましょう。
スポーツなどで無欲の勝利という言葉がありますが、これは無欲になれば状況を先入観なく素直に見ることができて、また無心で対応できるようになるため、結果としてそれが勝利につながるということです。
これはスポーツだけでなく、対人関係や仕事など、人生のあらゆる局面においてもおなじことが言えるのです。
なにをやってもうまくいかない人、失敗しやすい人、だまされやすい人などは、基本的に思いこみが激しく、偏見や先入観にとらわれやすい傾向にあります。
またふつうの人でもなにかで失敗してしまうのは、たいてい思いこみやあやまった先入観で物事を判断してしまったときなのです。
それに対してハイヤーセルフとつながる、すなわち無欲になるということは、自我をなくしてすべてをありのままに受けいれて同調するということですから、まわりの状況や目の前の問題がそのままストレートに見えたり、感じとれたりします。
これを仏教では『天眼』と言います。
この天眼を得れば、あれこれ考えたり悩んだりしなくても、自然にベストな行動ができるようになるのです。
水は高いところから低いところに流れていき、まるい容器や四角い容器などどんなところにも自由自在に形を変えてピッタリとおさまります。
また、障害物があればサラリとよけたり、ふたつに分かれたりして柔軟に身をかわして進みます。
それでいて決して軟弱でなく、何トンもあるトラックを押し流したり、岩をもくだいたりするパワーを秘めています。
このように水は、なんの邪心ももたず、ただただ環境に応じて柔軟に身を転じながら自然の意にしたがって動いているだけですが、底知れない能力を発揮します。
これが完全に自然と同化しているということです。
人間もハイヤーセルフとつながる、すなわち、我欲をすてて自然と一体化することで、この水のように柔軟でいて、かつ、なにものにも動じない強大なパワーをもって人生を歩んでいくことができるのです。
自分の主張をわめきたてたり、正当性を声高に叫んだりして強引にまわりの人間をしたがわせようとしなくても、大自然、大宇宙が強大なパワーで味方してくれ、ただしい方向へと自然に導いてくれるのですから、ただただ流れに身をまかせておけば順風満帆な人生がおくれるのです。
また、人生の岐路にたたされてどちらに進むべきか迷うようなときでも、ハイヤーセルフとつながった瞬間に迷いはなくなり、自分の進むべき道がハッキリと見えてきます。
これも水が高いところから低いところになんの躊躇もなく流れていくのとおなじで、私心、邪心をなくせば自動的に天眼が働くのです。
このようにハイヤーセルフとつながることで、人生の選択で迷ったり、失敗したりすることはなくなり、自然に幸せな人生へと方向転換できるのです。
みっつめの理由は、他人の気持ちやまわりの状況が自然に読みとれるようになるということです。
これを仏教では、他心通、天耳通と言います。
自分が宇宙や大自然の一部であることを知っている人は、他人も同様に宇宙の一部であるということも理解しています。
また、そんな他人で構成される学校や会社といった組織も地域も国も世界も宇宙の一部であり、自分とつながった存在だということも当然のこととして受けいれられます。
するとどうなるでしょうか。
そのような人は学校や会社など、どこに身を置いてもカンタンにその環境になじめますし、そもそも他人というものも存在しなくなります。
まわりの人は自分とつながっている一心同体のような存在なので、いちいちどの人にはどう対処すれば良いのかといったことで頭を悩ませたり、気をつかったりする必要もなく、なにも考えず自然にふるまうだけで良好な人間関係が築けるようになります。
またビジネスの面でも、他人や環境とつながっている人はやることなすことすべてがうまくいくようになります。
たとえばあたらしい事業を始めるとき、それに対するニーズがあるかどうか、どの地域でどんなものが受け入れられるかといったようなマーケティング(市場調査)をおこなうのが、いまや常識ですね。
しかし宇宙とつながってさえいれば、そもそも自分自身がその地域や世界とつながっているので、地域性やニーズなどをいちいち考えたり調べたりしなくても感性で自然にキャッチできるのです。
いわゆるビジネスの嗅覚がすぐれてくるということですね。
下調べもろくにせず思いつくままに事業をはじめているのに、やることなすことすべてうまくいく人がいますが、そんな人は相当な強運の持ち主か、自覚のあるなしにかかわらず心が自然や宇宙と同化している人なのです。
また、生活面、健康面でも自然に危機を回避することもできます。
まわりの人や地域とつながっているので危険な地域ややっかいな人から遠ざかり、災害や犯罪などの被害を未然に避けることができるのです。
自然や人と同化しているのに、危険な地域ややっかいな人を避けるというと矛盾しているように思われるかもしれませんが、そうではありません。
自分の体の中でもきたない部分や人に見せたくない部分はありますね。
ふつうの人はわざわざそんな部分をさわったり、人前にさらしたりしたくないでしょう。
宇宙や自然には善悪や貴賎、清濁といった概念はありませんが、一般社会で生きる人間にはそのような価値観をもつことも、ときには必要になってきます。
なので自分とつながっているこの世界にも、自分の体のふれたくない部分と同様に嫌悪や危険を感じる人やモノ、環境、シチュエーションなども存在するのです。
ハイヤーセルフとつながっている人は、思いこみや偏見で物事を見ないぶんカンが鋭くなるので、それらすべてがちゃんと察知できて、避けることもできるのです。
ですからハイヤーセルフの存在に気づき、ハイヤーセルフとつながった人、すなわち宇宙とつながった人は、人生になんの不安もなく、天真爛漫に世の中をわたっていけるというわけなのです。
あれが欲しい、これが欲しい、人を自分の意のままにあやつりたい、人からよく見られたいといったようなちっぽけな欲をすてることで、逆に広大無辺な宇宙と同化してすべてが思いのままになり、最高に幸せな人生が手にはいるのです。
そんなカンタンな原理を知らないために、多くの人が欲にふりまわされて、わざわざ人生をつらく苦しい地獄のようなものにしてしまっているのです。
仏教では5つの不思議のひとつとして『衆生多少不可思議』というのがありますが、これは『喜び、安心、幸せに満ちた世界があるのに、わざわざ悩み、苦しみ、争いばかりの世界に好んでいつづける人が尽きないのは不思議なことだなぁ』という意味です。
自分が宇宙とも他人ともつながりのない独自の存在なんだと思っている人は、この世のすべてのものと対決していかなければならないのです。
天災に見舞われたり、危険人物が身近によってきたり、家族すら自分の言うことを聞いてくれなかったり。
そんな状況に対してたったひとり、自分の力だけで対峙していかなければならないのです。
ナンバーワンにならなくてもオンリーワンであればいいといったような歌がありましたが、自分がかけがえのない価値のあるオンリーワンであることを主張するあまり孤立したオンリーワンになってしまうと地獄です。
ニートや引きこもりの人のなかには、「自分はえらいんだ」、「自分は特別な人間なんだ」と自分の価値をことさらに主張し、それだけをよりどころとして家の中で暴君のようにふるまっている人たちがたくさんいます。
また学校や職場、街中でも、何が特別なわけでもないのに、やたらと尊大な態度の人がいますね。
このような人たちは自分というオンリーワンの存在に絶対的な価値を見いだしているのでしょうが、まわりからすると哀れで迷惑な人でしかありません。
また、ナンバーワンにもオンリーワンにもなれず自分に自信を持てない人は、なんとかまわりの人に気にいられよう、自分をよく見せようと必死になって、人前に出ることに極端に神経質になったり、怖くなったりして心を病んでしまうこともあります。
そんなみじめでつらい人生を180度かえるには、自分という我をすてて自然と同化してしまうことが一番なのです。
たったそれだけのことさえできれば、人は強く、たくましく、明るく、それでいて他人にも優しくなれるのです。
そして、自分自身も絶対的な安心と幸せの中で毎日をすごすことができるのです。
ハイヤーセルフのスピリチュアルなパワーを信じられない人でも、欲を手放すという現実的な行為だけでも、このように劇的に人生が好転することは理解していただけたでしょうか。
あなたも悩み、苦しみとは無縁の最高の人生をおくってみたいと思いませんか。
ここまでは臨床心理学的見地からハイヤーセルフについて解説してきましたが、仏教用語が出てきたり、仏教思想にちかい内容だと思われた方もおられるかもしれません。
それもそのはずで、仏教も臨床心理学もどちらも悩み苦しみの尽きない現世をラクに楽しく幸せに生きるための智慧であって、その最高レベルのものを追求するとほとんどおなじものになるのはあたりまえなのです。
もちろんこれだけでも完璧な人生をおくることはできるのですが、ハイヤーセルフの本当のすごさをお伝えするには、やはりスピリチュアル的な面からみていかないと十分ではありません。
ハイヤーセルフとつながるともっとすごい奇跡が起きるのかと思っていた、引き寄せの法則みたいに望んだものすべてを手にいれることができるのかと思っていたと期待されていた方は、ぜひスピリチュアル的解説のほうもお読みください。